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有松絞りの歴史をまとめてみた。

有松絞りの歴史は江戸時代から始まっています。

尾張藩が有松絞りを藩の特産品として保護しました。

その結果、有松絞は全国に広がります。

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旅人が家族へのお土産に絞りの手ぬぐいや世食いを購入したことで、街道一の名産品となりました。

有松絞りは繁栄し、葛飾北斎の浮世絵にも描かれるようになります。

有松の集落ができたのは1608年のことです。

東海道沿いに新しい集落として誕生した有松。

街道を守る役目もあったことから武芸に秀でた人も住んでいたと伝えられています。

住人のひとりが、名古屋城の築城のために九州から手伝いに来ていた労働者の絞り染めの衣装を見ます。

その後、三河木綿に絞り染めを施した手ぬぐいをお土産として売ったところ大人気になります。

1655年に現在の大分県より有松に移住した医師の妻が技術を教えたことで、有松の絞り染めは大きく進歩します。

有松の絞り染めが盛んになると、その周辺でも盛んに絞り染めが生産されるようになります。

有松の住民は尾張藩に対して他の地域における絞り染め生産禁止を訴えました。

 

尾張藩は有松の業者に営業の独占権を与えます。

有松は尾張藩の厚い庇護のもとで絞り染めの独占を継続していました。

巻く松になると領民の生活を救うために独占権は解除されています。

有松絞りの有名店をランキング形式でまとめてみた。

名古屋市の伝統的な染物の有松絞りは、布地の独特な手触りが特徴です。

肌と布の間に空間ができます。

有松絞りは、汗をかいても肌に張り付かない点が心地よいと絶大な人気を誇っています。

そんな有松絞りで作られた手拭いや浴衣の有名店は数多くあります。

 

それらの中でも特に品格と高度な技術が魅力のお店が選ばれているのです。

その場で直接サイズを測ってオーダーメイドしてくれるお店は、ジャストサイズでもたつかない仕上がりが圧倒的な満足度を得ています。

また、県の重要文化財にも指定されています。

趣深い作りの有松絞りのお店では、シックな古典柄からポップな可愛らしい反物まで豊富な種類が用意されているのです。

若い人から高齢者まであらゆる年齢層の男女が気軽に立ち寄れるアットホームな雰囲気も、親しまれている理由です。

さらに、履物や巾着袋、髪飾りまで小物類も充実しています。

 

有松絞りの一式をセットで揃えることができる点も便利です。

このように、日本ならではの和装文化と伝統を満喫できる有松絞りは、地域住民だけではなく海外の観光客からも大きな注目を浴びています。

口コミによる人気は非常に高く、さまざまな柄やカラーを求めてリピーターが増加してきているのです。

有松絞りと鳴海絞りの違いをまとめてみた。

有松絞りと鳴海絞りはいずれも現在の愛知県名古屋市の有松・鳴海地域で生産されている絞り染めです。

木綿の生地に絞りで模様を施し、藍で染めたものです。

江戸時代初期に荒れ地であった有松地域に何某かの産業を起こさんとして、尾張藩が試行錯誤していた時期がありました。

そんな時期に、当時普及し始めた三河木綿に九州から伝わった絞り染めの加工を施していたものが原点であると言われています。

また、江戸時代には有松地域で生産が独占されていました。

 

とはいえ、その周囲の鳴海でも下請け・分業の作業が行われており、絞り染めの技術は広く根付いていました。

現在はともに名古屋市に属している有松地域と鳴海地域ですが、もともとは違う地域であり、鳴海地域は江戸時代には大きな宿場町として栄えていました。

その関係もあり、有松地域は絞り染めの生産地として栄えるようになりました。

それらの多くは鳴海宿で販売されて江戸やその他の地域に流通したことから、有松地域で生産されていた製品も江戸では『鳴海絞り』と呼ばれていました。

当時から両地域で本家争いや販売に関する勢力争いが絶えませんでした。

明治期の衰退や再興、さらに戦前戦後のさまざまな変遷がありましたが、

現在では有松・鳴海地域がともに協力して産業を守っていこうという体制に落ち着いているのです。

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